フォト

本舞台の歴史★上に向かって新しいものになります★写真をクリックするとアルバムに飛びます★

  • 長唄「汐汲」(新春舞踊大会)国立劇場
  • 長唄「連獅子」(親獅子の精)国立劇場
  • 常磐津「松島」(新春舞踊大会)国立劇場
  • 常磐津「三ツ面子守」国立劇場
  • 長唄「島の千歳」(新春舞踊大会)国立劇場
  • 長唄「浅妻船」(新春舞踊大会)
  • 長唄「官女」(新春舞踊大会)国立劇場
  • 常磐津「将門」(滝夜叉姫)国立劇場
  • 常磐津「松廼羽衣」国立劇場
  • 清元「文売り」(名披露目)国立劇場
  • 長唄「藤娘」(初舞台)国立劇場

リンクいろいろ

  • 河合亞美のWEBPAGE
    私が運営しておりますHP・・今年で12年!!大した更新はしておりませんが、このページを通じて素敵な出会いがたくさんありました。そして今も・・。大切な場所です。URLが2015年3月1日よりURLが変更になっておりますので変更をお願い致しますm(_ _)m
  • 多智雛ちゃんのブログ
    下関でお稽古をし、下関でお師匠さんをしている、親友・花柳多智雛ちゃんのブログです。
  • 日本舞踊協会
    お世話になっております、公益社団法人日本舞踊協会のHPです
  • 藤間達也 WEB PAGE
    私の師匠・藤間達也先生のHPです♪

お知らせ

  • 教室・スクール検索『趣味なび』
  • ご注意
    このブログにはアクセス解析がついており、 ブログの管理者は訪問者の IPアドレスなどを見ることができます。 また、当ブログには、 高度なコメント、トラックバックの判断機能をおいております。 当ブログの内容にあまりにかけ離れた内容のコメントや、 宣伝ばかりの内容のコメント、 管理人が禁止している言葉の使用、 誹謗中傷などを含むコメントなどは、スパムと判定され 自動的に削除されてしまいます。 ※※投稿したときに「問題が発生しました...」と出た場合は スパムと判定された証です。ほぼ100%、サーバー上で 自動的に消えており、私の目に触れることはありません※※ コメントしたのに掲載されない、反映されない、という場合は 上記にあてはまると思われますので、ご了承ください。 (問題がまったくない投稿でも、 スパムと判定されてしまうことがあります。 その場合は、日をおいてチャレンジしてみてください! 申し訳ありません!)
無料ブログはココログ

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月

2006年10月30日 (月)

追悼:清元秀二郎さん

清元の三味線方として
歌舞伎、舞踊界においてなくてはならない存在だった
清元秀二郎さんが先週金曜日、亡くなられました。

多方面のメディアにその訃報は取り上げられました
(参考:Yahooニュース、そのほか)


直前まで舞台を勤められて、の、急死だったと聞いております。


その訃報を耳にしたとき、
私の両目からは涙があふれました。


私は秀二郎さんと、個人的なおつきあいがあったわけではありません。
お会いして、言葉を交わしたのは、
私の、名披露目だった清元「文売り」の下浚いの時。
清元志寿造さんとハトコなんです、という話をしたところ
「やっぱり大きいね」(志寿造さんもとても背が高い)と微笑まれました。


そう。

秀二郎さんは。

私の・・・私の大切な・・人生最大の宝物の一つである
あの「文売り」の
立三味線を担当して下さった方なのです。


お稽古が佳境に入った頃、
師匠のおかあさまであり、私たちにとって大先生にあたる
藤間真起子先生が、笑いながらこうおっしゃったことを覚えています。


「清元ね、唄も、三味線もすばらしい方々がお見えになるから。
 もう本当に聞き惚れてしまうわよ。
 踊りながら聞き惚れて、踊りを忘れないようにね」


もちろん、本番の舞台で、聞きほれる余裕などあるはずもないのですが(笑)
そんな冗談で、真起子先生は私を笑わせてくださいました。


後でDVDを見て、
そのつややかな三味線の音色と、唄の声のすばらしさに
「はー。こんな一流の演奏で私は踊ったのだなあ」と
ゾクゾクしてしまいました。


これからも、清元の演目を踊る時には、
また秀二郎さんにお会いするのだろうな、と漠然と思っていました。


あの「文売り」が
秀二郎さんの演奏で踊る
最初で最後の演目となったわけです。


本日は告別式だったとの事。
追悼の思いを込めて、先ほど、
『文売り」のDVDをかけました。


カメラが思い切り引いた映像の時に、
舞台の上手側に並ぶ、清元の皆さんが短い時間、写っています。
一番真ん中に秀二郎さんがおられます。一番右にハトコの志寿造さん。

華麗なバチの動きと、その音色。

もう。この演奏を生で聴くことはない。
もう、この方の演奏で踊ることはない。
もう、この方はこの世におられない。

そして、この私の「文売り」はまぎれもなく
この方の演奏で踊った・・・・。


いろんな思いが渦巻いて、また目が熱くなりました。


哀しいです。
親しいお付き合いのあった方でないのに
とても哀しい・・・。
そして・・・・。
感謝の気持ちで・・・一杯です。


私だけじゃない。
秀二郎さんの演奏で踊ったことのある方、全員が
秀二郎さんに感謝の気持ちを沢山送っておられることと思います。


秀二郎さん。
素敵な演奏で
私を踊らせてくださってありがとうございました。


どうかこの感謝の想いが、
天国の秀二郎さんに届きますよう。


こころよりご冥福をお祈りいたします

2006年10月29日 (日)

「よっ!待ってましたって顔するんだよね」by師匠

振りの覚えがよくなった分、
師匠に立っていただくことがめっきり少なくなりました・・。


すっごい時々・・
「お手本」のおねだりするのですが・・・


師匠:「よっぽど間違ってることをやってるとか
    どうにもならない時は立ってるじゃない。
    今、間違ったことをしていないんだから、立つ必要ないし♪」


そうですよね・・そうです・・・・はい・・・


でも・・。


間違ってないところも・・・
お手本が見たいな・・・・・(T^T)・・・(ブツブツ・・・)
(っていうか先生の踊りが見たいな・・ってだけかも・・)


師匠があるとき、笑いながらおっしゃいました。


師匠:「あんたのお稽古のときにさ、
     時々、僕が、立つとさあ。
     その瞬間、
     あんたが、『よっ!待ってました!!!』って顔するんだよね(笑)
     おかしくてさ(笑)」


絢也:「え・・・!自覚がない・・・私、そんな顔しますか?!」


師匠:「するんだよ。一瞬。
    『待ってました~~っ』ってカンジで目を輝かせてさ(笑)」

立っていただく、ということは、
その振りが、言葉のご注意だけで修正できない時・・
つまり・・・・
自分の動きの出来が非常に悪い、という証拠なのですが・・


「師匠のお手本が見られる!!!!」という喜びが
一瞬、勝ってしまうようです(^^;)


しかし、「よっ!待ってました!」の後は
「お手本に立っていただいたのだから、
きちんと修正しなくちゃ」という
プレッシャーが押し寄せてくるので
かなり厳しいものがあります。


「違うよ。そうじゃないって。もう一度やるよ。よく見て。」


何度も何度も繰り返していただく時には
情けなくて泣きたくなることも。


そう。だから、やっぱり、
立っていただかないことが一番。


・・・・でも・・つい

「よっ!待ってました!」

なんですよね(笑)。

***********************************


「三ツ面子守」のお面がそろいました☆

詳しくは私のHPからどうぞ~~☆☆

2006年10月28日 (土)

「目が怖いよ(笑)」by師匠


師匠のように踊りたい。
師匠とそっくりに踊りたい。

あの首の動き
あの腕の動き
あの色
あの風
あの軽やかさ
あのゆるがない腰のすわり


他の誰の踊りでもなく
私は
「日本舞踊家の藤間達也先生」の踊りの
全部が欲しい。

    
だから他の方のお稽古のときに
お手本で立たれる師匠の踊りを
私はまばたきも惜しい気持ちで見つめる。


「ああ・・これ、これよこれ・・」
「ううむ・・・ここでこうくるのか・・・」
「はあ~~まいったなあ・・」
などと、いろんなことを思いながら
師匠の踊りを見つめる。


合間にテープの操作もしているので忙しい(笑)
カウンターと節目節目の歌詞を書き出す。
師匠の微妙な目線の動きで
いろいろ判断することもある。


テープ操作も真剣だし、
師匠の踊りを見つめる目も真剣。


真剣と真剣の二乗となったらしい。


師匠:「最近、おまえさん、目が怖いよ(笑)」

絢也:「え?!私、ですか?」

師匠:「そう(笑)。カセットデッキの横で。
    時々、僕、にらまれてるのかと思っちゃう(笑)」

絢也:「にらんでませ~ん(T^T)見つめてるんです~~(T^T)」


師匠・・・すみません・・・・・(^^;)・・・・・・・・・・・・・・。

2006年10月26日 (木)

五月の、ハエ(T^T)

ごがつのはえ。

五月のハエ。
五月の、蝿・・・。


五月の蝿、って書いて
送り仮名に「い」をつける。


「ウルサイ」って読むんですよ。
ご存知でしたか?


「うるさい」=「五月蝿い」


-------------------------------------------------

「三ツ面子守」。
ついに、振りがほぼ完全に入りました。
おっちょこちょいで間違えちゃうところ
間がイマイチなところ(^^;)は、ちょこちょこまだありますが
「ええと、次は、なに?」ということがなくなりました。


ここまでくると、やっぱり楽しいです。
音をきいて、「踊る」という行為に集中できるので(^-^)


というわけで、お稽古。


先週ご注意いただいたことを
自分なりに修正して、
音に乗って踊った、つもり・・です。


子供の踊りに見えない、という、
自分の欠点を克服もしたい・・・


今日は、
まなちゃんがお稽古中の「羽根の禿」の
後ろに立って、
子供の踊りの踏み方や首の振り方について、
かなり勉強させていただいたので
その成果も出せたらいいな・・。


元気よく、身体を一杯使って♪
そして、腰もしっかり落として!


お面のくだりも、丁寧に丁寧に!


お面入れ替えの時の回り方も
やっと混乱せずできるようなったし、
ひょっとこの振りの、すごい早い所も
間に入って踊れるようになったし!


師匠のご注意も、
「そこはもうちょっとパタパタパタっと歩いて」
「そこで見るものはもう少し上」
「そこの足運びはひとつ手前の間で」
などなど・・・非常に細やかな部分に及んできました。

たは~~。
振りを覚えると、これが、ウレシイのです。ふふっ。


ご注意のシャワーを浴び
たっぷり踊って
充実感に満たされつつ最後のポーズ。


しかし。師匠のお顔は、


なんだか。


「緩い笑顔」。


あ・・・・・・・・。これは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


多分。


多分じゃねえな。絶対だ。
「ヤバイ」・・・・・・・・・・・・・。

師匠:「五月蝿いよ」


え。


師匠;「踊りが、五月蝿い。」

えっ。


汗だくの顔で呆然と師匠のお顔を見つめる私。


師匠は、緩い、笑顔のまま。
「五月蝿い」と言う言葉を・・・・何度も繰り返す・・・


師匠:「踊りが、五月蝿い。もう、今日はそれだけ。以上、
    ってカンジだね。
    あんたの踊りは、
    全力疾走で走っていって
    必死に戻ってきて間に合いました~~みたいな踊り。

    確かに、振りはどこも間違っていません。
   
    けどねえ。間にはめ込むのはいいんだけどさ
    走っていったら、余裕をもって帰ってきてくれないかな。

    僕の言ってる意味、わかる?
    全部の振りを最初から最後まで目一杯踊られたら
    そりゃあ、五月蝿いよ。」


絢也:「振りのつなぎ目・・・・でしょうか・・?」


師匠:「まあ、そういうことかなあ。
    三つ、やることがあってさ、
    三つめも目一杯やられちゃったらさ、
    次に行くのが大変になっちゃうじゃない。
    その辺は、きちんと加減するなり、してくれないと。
    ハイ、これ、ここまでやりましたっ!
    ハイ!次、これにいきます!まにあいましたっ!ってやられても、ね。

    余裕。余裕がないとねえ。   
   
    あんたは、たっぷり踊りましたあ!みたいな感じで
    さぞかしご本人としては気持ちがいいんでしょうけどね。
    この踊りは、そういう踊りではありませんからね~?
    わかりますかあー?(笑顔)」


絢也:「・・・・・・(言葉が出ない)・・・・・。」


師匠:「はい。いいですよ?
    何か、言いたいことがあるなら、いいなさい(^-^)」

絢也:「(ショックのあまり蚊の鳴くような声)・・・いえ・・・・。何も・・。」


師匠:「あと、バタバタ、足、上げすぎだしね。」


絢也:「はい・・・・・。」


師匠:「さっき、まなちゃんの、羽根の禿の後ろに立ってたろ?
    何、勉強してたんだよ。
    踏む時は、こういうふうにやるといいんですよ、って
    僕、言ってたでしょう?」


絢也:「そのようにやったつもりだったのですが・・
    (ああ。。また言ってしまった!『つもり』はダメだよ!)」


師匠:「とにかく。
    あんたの踊りは、五月蝿い。
    五月蝿くなくしてくださいな(笑顔)」

私の踊りは。
私の三ツ面子守は。

五月のハエ(T^T).

ああああー。


あああああああああああああー。


ああああああああああああああああああああああーーーーーーー。


うええええええ~~~ん。


・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


い、いや!
負けない!
負けないぞ~くじけないぞ~~~!


なんとか、
なにかを、つかまなくてはっ!


五月のハエを追い払うために。


何かを!!

2006年10月24日 (火)

毎日・・


日々、してしまうこと。


☆今習っている演目の唄をくちずさむ
(へたっぴなので周りには迷惑(T^T))

☆横断歩道の信号待ちで、腰を入れて踏む

☆地下鉄のドアのガラスに映る自分の姿を見ながら
 首を1・2・3

☆誰も乗っていないエレベーターでおすべり

☆仕事の合間にかいぐり

☆道を歩きながら、「文売り」のセリフを、声に出して言い出す
 (もちろん誰も歩いてない夜道とかです)

☆ついでに「賤の小田巻」のセリフも言い出す
 (この踊りは習ってないのに・・・後ろには何度も立たせていただいてるけど)

☆なんとなくご飯をつくりながら
 「りうちえいばまでんす~♪」と頭の中でとなえる
(供奴の歌詞の一部です・・)

☆習っている踊りの振りを頭で浚う

☆以前習った踊りの振りをどこまで覚えているか
勝手に頭で浚ってみる。

☆その時に、急に何かを発見したりすると
「あ、そうか。きっとこの間(ま)で、はいればいいんだわ」
などとと急に独り言を言い出す。

☆名取式でいただいたお札とお免状を見つめる


2006年10月20日 (金)

お医者様の言うこともうそじゃないな(笑)

お医者様を疑いかけていた・・。

先週膝に走った激痛。
その翌日医者に駆け込んで
あまりに私が激痛を訴えるので
再度のレントゲン撮影。

骨に異常なし。
しかし、お皿の上の筋が疲労で腫れていた。

医者:「これ、すぐ治りますよ。ハリとマッサージで♪
    治療しながらお稽古も行って大丈夫。」

その言葉に
よかった~~~~!と思わず
両手で顔を覆って喜んだ私。

そのままハリのお部屋へ・・。


ハリとマッサージの先生登場。
いつも私の担当の先生は同じ。

A先生:「なあにー。またやっちゃった?舞台近いの?」

絢也:「いえ、舞台は来年・・・(^^;)
    でも張り切りすぎました・・・・」

A先生:「あー。そう。じゃ、少し時間かけて治してもいいね。」


実際に痛い場所よりかなり上の位置にハリを打ち始めた先生。

絢也:「???そこまでなんですか?」

A先生:「うん。ここがね、疲労してるから、この筋が痛いのね。
      この筋自体にハリを打っても意味ないんだよね」


・・・ほんまかいな・・?(疑)

ハリを打って電気刺激をかけること10分。

A先生、戻ってきて、ハリを抜いて私の膝をチェック。
痛みはまったくなくなっていない。


A先生:「・・・早く治したいよねえ?」

絢也:「そりゃあもちろん・・」

A先生:「・・・一発、強く打ってもいい?その代わり、
     今日はこのあと脚が辛いかも。だるくなって。」

絢也:「あ、もうなんでもいいです。やっちゃってください」

ということで、強いやつを打つことに・・。


これが・・・(T^T)
神経にびんびん響いて・・・・
かなり厳しいハリでして・・・・・・・

その後マッサージをして病院を出た時には
患部である膝の痛みより
その上のハリを打った場所が重だるくて
私の不安が増してしまった。

翌日日曜日。

相変わらず、痛い。

あのハリ、効いてないんじゃ?・・・

月曜日。またハリとマッサージ。
これもちょっと強烈だった。
「あと、1.2回できっと治るよ」

家に帰った後、ちょっと、もみ返しみたいのがきて、
脚がだるく、
ますます不安。膝もまだ、痛い。


火曜日。ハリを自主的にお休みしてみた。
明日はお稽古。
私は果たして踊れるのだろうか???
泣きそうな思いの日々は続く・・・・。


水曜日朝。念入りなストレッチ。
貰った塗り薬を刷り込みまくって自分でマッサージ。
強力なサポーターを膝に装着して
とりあえず仕事へ。そしてお稽古場へ・・。


着物に着替えてもう一度ストレッチとマッサージ。


しゃがんだり、立ったり、してみる。

ん。痛く、ない。
ちょっと重いけど、痛くない。

「三ツ面子守」は、どうしても踊ろう。
お医者さんは踊っちゃいけない、って言ってないもん。
きっと私はバカだ。でも踊りたいので踊ります。
今、痛くないので、踊ります。

ってことでしっかりお稽古。

踊ってる間、膝のことはどこかへすっとんでいた。
あのお面の入れ替わるところで
あれだけ座ったり立ったりを繰り返しても
なにも感じなかった。

ちゃんとお稽古に臨んだので
師匠もちゃんと、沢山、ご注意してくださった。

その後のお稽古は、
「無理をしない」というお医者様との約束を守って
自粛した・・・。


そして明けて木曜日。

お稽古明けの木曜だというのに。

おお?なんだ?この脚の軽さは?!

劇的に痛みがなくなっている!

そして今日。
痛くないけど、お医者に行った。


A先生:「わっ。劇的に張りが取れた!調子いいでしょう?!」

絢也:「そうなんです。お稽古もしたんですけど。今日とても調子がよくて」

A先生:「効果が出たね。よかったよかった。
     今日はもう、軽めに打つよ。後は、もう、
     自分の判断で、こなくても大丈夫だよ」


おおおおおおおー。
ついに「もうこなくていい宣言」が!


A先生。すみません。


私。疑ってました(^^;)。


ちゃんと・・・治していただいていたのですね・・・。

これからも・・・「無理無茶」は避けて
踊ってまいります・・。


休む勇気。これが私にはどうにも・・ない・・。

お稽古となるとその時だけ脳みそからへんなものが出てしまうので。

でもこれが身体を傷めるのなら
自分でコントロールしなくちゃね。

ガムシャラが美徳ではないと、
反省。


そういえば同門のひろこさんが
私が先週体調を崩した時に
心配してこんなメールをくれた。

「絢也さんは、ずっと踊り続けて、
いつも、子供の頃に読んだ
童話の『赤い靴』の少女みたいなんですもの。」

アンデルセンの童話の「赤い靴」。
その靴をはいたら死ぬまで踊り続けなくてはならないという・・・。

心配してくれた言葉だったのだけど。

まるで「赤い靴みたい」という彼女の言葉は
なんだか私の心に嬉しく響いた。


2006年10月19日 (木)

「見るのもお稽古」→実感

親友の花柳多智雛さんの日記と私の日記


踊りへの情熱は互角(だと思う)。


しかし・・・・実は大きな違い.がある・・・。


「多智雛日記」と「絢也日記」の
大きな違い、それは・・・。


「身体」のこと。

多智雛さんの日記には
「身体の調子が悪い」という言葉はほとんどない、ってこと・・。
せいぜい「飲みすぎた~」とか「疲れた~」とか(笑)。
そんな程度。


どこかが痛いとか、倒れそうとか、寝込んだとか
そういう言葉が一切見られない。


彼女のお稽古場でのお稽古量は半端じゃなく、
おまけにお稽古場以外の活動も活発だ。
その上で、友人たちと付き合い、
妻としての役割も果たしている。

それなのに、彼女の身体は壊れない。

私は、なんだか、しょっちゅう
アチコチ、痛いだの、
やれ身体がだるいだの、そんなのがとても多い。


彼女は私以上に多忙に走り回っているのに
私の何倍も踊っているのに
なぜ故障しないんだろう?


そして私はどうしてこんなに身体が弱いんだろう・・・。

多智雛さんは、自分の身体のケアをきちんとしているに違いない。
だから、彼女は「強い」んだと思う。


そう、彼女と話していていつも感じるのは
彼女の「根っこの強さ」。


細い声に小柄な体型、色白でお人形さんのような可愛い顔。


二人で並んでいたら確実に私のほうが強そうな見た目(笑)なのだが
本質的な強さにおいては、私は彼女にかなわない。

だから、私は彼女が大好き。

私にない、彼女の「強さ」に強く憧れているのかもしれない。


その彼女の強さは
自分で自分のケアをしっかりできているからじゃないだろうか。
身体の強さは心の強さにつながるから・・。


私はいろんな意味で弱い。
身体が弱るから心も弱る。
すぐ泣く。
自分のケアがヘタくそなんだと思う・・。
つまり、自己管理が下手・・・。

多智雛さんを・・・本当に見習わなくては・・・・と思う・・。

身体を壊すたびに彼女に叱られている私・・・。


ひなちゃん。いつも心配させてごめん。
そしていつも叱ってくれてありがと。
あなたと私の、二人の壮大な計画。
実現のためにはお互いに健康でなくては、だもんな。

---------------------------------------------------------


先週、お稽古を早退した、という話を書いたが
実は、その後今度は膝を痛めた(T^T).
8月の膝痛が治ったと思って調子に乗っていた矢先だ。
正座した瞬間、急に左ひざの上部に
「何かが裂けた」ようなびりっ!という激痛が走った。


帰り際に師匠にそのことを伝えたところ


・・・・・・・叱られた(T^T)。


師匠:「後ろに立って沢山お稽古するのはいいよ。
    でも、あなたは、100%で全部踊りすぎなんだよ。
    あんなに100%全力で10曲ちかくも踊ったら、
    そりゃ、膝も疲れますよ。
    自分の身体ときちんと会話して、抜くところは抜かないと。
    いい加減に踊るのと、抜いて踊るのは意味が違うよ?
    抜くやり方っていうのを覚えないと。
    『あ、いま膝が疲れてきたな、
    じゃあ、これはこの辺にしておこう』って
    そういうふうにね。
    抜いて、きちんと踊る、っていうことが
    できるようになりなさい。
    自分のお稽古は100%。もちろんそれは当たり前。
    けど、後ろに立つ時は、もう少し、調整しなさいよ。
    とにかく、医者に行くなり整体にいくなりして
    早くケアしなさい。」


・・・(T^T)・・・大反省・・・・・。


そして怒涛のハリ治療を行い・・・・
やや張っているものの痛みはなくなった・・・・

お医者様に「無理しないなら、お稽古してもいい」というお墨付きをいただいたので
昨日はお稽古へGO!!!(T^T).


ウオーミングアップをかねて
軽く、「松の緑」を。
先輩名取さんの「橋弁慶」はテープ係に徹して、
いよいよ私の「三ツ面子守」。


踊り始めたらまったく痛みも引っかかりも感じることなく踊れた。
よかった!(T^T)


今回のご注意は・・・・


師匠:「あんたのえびすさん。ゼスチャーゲームやってるみたい。
    振りはぜ~~んぶ合ってる。合ってるんだけどね。
    『これをやりましたー。でこれはお・い・と・い・て~。
    次はこ・れ・ですぅ~~』みたいな。
    そうならないようにしてよ。」


(T△T)・・・・・・。自分でも自覚症状アリアリ・・・。


「ややややや、なななな、なんだ、オレをおいて嫁入りだ?
 エイおきゃーがれ
まめいりがきいてあきれらあ・・・・・」

ここからは唄がセリフのようになっていて
完全にこのセリフに合った動きにならなくてはならない。

でも「セリフに合わせてる」ためにゼスチャーゲームになってしまうのだ。

動きが自然にセリフに合ってるようにしなくては・・。


だって「えびすさん」はしゃべりながらこの動きをしてるわけだから
しゃべりに動きを「はめこんじゃだめ」だ。


もっともっと自分にしみこませなくちゃ、だなあ・・・。


汗だくでお稽古終了。


--------------------------------------------------


さあ、その後、お稽古場で私がどうしたか。

「京の四季」や「藤娘」を
「できる限り抜いて踊る」ように努め
(抜いて踊るって・・・・難しい!!)

「後ろで沢山踊りたい」という欲望を必死で抑えて
ほとんどテープ係や、他の方のお稽古見学に徹しました。
私にとっては勇気の選択!


ということで、
普段の何倍も他の方のお稽古を「見る」時間が長かったわけですが・・・。


いやあー!!

すごい勉強になりました!!!!!!!


お弟子さん方が、
「こうやって上達していくんだ」という様をたっぷりと拝見!


特に後輩のお弟子さんの、上達を見て
「おおー!」と感動しました。
そして、その中から
「上達するというのはこういう積み重ねなんだな・・」と
改めて実感・・・。


他のお弟子さんへのご注意は
すべて私にとっても役に立つことばかり。
後ろに立って一緒に踊ることで得られることも大きいけれど
じっくりと目で見て、その上で師匠のお言葉を聞くのも
別の角度から見られてひじょ~~に学ぶところがあります!!


「○ちゃんは、これができるようになった」
「△くんは、ここが上手になった」


そんなことを目で確認できたとき、
まるで自分のことのようにうれしいのは
おそらく、「自分もみんなと同じように上達しているに違いない」という
安心感を感じられるってのもあるのかなあ。


動いて覚えることは大切。

私は後ろに沢山立つことで
振りを覚えるコツを見つけ、
踊りの「記号」を沢山知りました。
太ももの筋肉も沢山踊ることで鍛えてきました。

お稽古で教わってない演目でも
後ろで踊っているうちに
いくつか覚えられました。
その喜びもまたひとしお・・・。


しかし。


自分の身体との会話も大切だし・・・・
(無理、無茶はいけないということ)


「動く」だけでなく
「見る」というお稽古も大切だということを実感・・・・。


「踊らない選択」


これもお稽古のうち。


日本舞踊を学ぶということは

とことん奥が深いです。


んで、今更また言っちゃいますけど。


私の師匠の踊りは本当にカッコイイ。
一日中見てても
いや、毎日、24時間見てても
絶対に飽きないなあー。


************************************


※テープ係。小さな失敗はあるもののだいぶ慣れてきました♪
「○○~~♪から出してください」という師匠の指示どおり
バッチリ出せた時の気持ちよさ~~(^-^)。

できるだけ沢山、カウンターと歌詞を書き出しておくと
指示通りできることが多くなります♪


しかーし


途中で止まった時に
「ここは戻すのか?!このままいくのか?!」というのは
勘になります。
勘がヒットするとうれしいのですが
逆になることもあります。

たとえば
「師匠が踊りを止めて、お弟子さんにいろいろご注意をおっしゃる。」

この場合、師匠のお言葉や様子から次のどちらになるか、
判断する必要があります。

○返すだろうと読んで、止めた対象の振りの始まりまで戻しておく
○そのまま先に進むと読んで、テープは戻さず、そのまま。


「ここが振りの切れ目だったから、ここから返すほうに1000点!」みたいな
賭けをして戻しておくと・・・・・


師匠:「はい、じゃそのまま続けて」
絢也:「え?あ、あの△△~♪まで戻してしまいました・・・」
師匠:「・・じゃあもとの場所まで進めてちょうだい。」

しくしく(T^T)。
読みが甘かったよ~!
無駄な時間を増やしてしまった~~失敗~!!


でも。


師匠:「はい、じゃあ、■■~~♪から返したいんだけど、出せますか?」
絢也:「(うはっ!ちょうどそこまで戻しておいたぞ!)はい。今、すぐ出ます(カチリ)」

わーい!

こうやって、もう読みが、バッチリヒットするときもあるのです♪
うひうひうひひひ。


2006年10月14日 (土)

ナッチョコ ジャムンチョ

さてさて、「三ツ面子守」ですが
最後まで振りが入りまして、
ほぼ順番もアタマに入りました。


なかなか、
順序に追われるだけの時にはいただけない、
厳しいご注意が飛び交い始めました。
ポーズの微妙な向きや
小さな間のズレに
「もっと正面に向いて」
「変な間。やりなおし」と
テープが止まります。


「だんだん覚えていく楽しみ」も、いよいよ終了したんだな・・・・
と言うカンジ。
ここからが本当の戦いのスタートです。


既にこんな流れで課題が多発中。

子守→子供に見えない。首を沢山振って、動きを子供らしく。
     赤ちゃんを丁寧に扱いましょう。

おかめ→もっと腰を落としましょう。

えびすさん→動きが雑。(私の身体になじんでない振りが多くて・・。)

ひょっとこ→課題だらけ。ひどい有様。


ってところで
私の「ひょっとこ」がひどいことになってしまっております(^^;)。

確かに・・ひどい・・。


振りの仕組み、ステップ、
そういうものはすぐ理解できたのですが
あまりに初めての雰囲気の動きが満載で
自分でも
「一体私の身体はど~~なってるんでしょう??」と、
イメージがわいてないまま、踊っています。


ひょっとこだから、楽しいカンジがいいのかな・・
と勝手にイメージを膨らませて
元気よく踊っておりました・・・。


必死に頑張って
踊っていたら


師匠がテープを止められまして。

師匠:「なんだそりゃ?!ふざけてんの?!」
絢也:「ええっ!!??ふ、ふざけてません!え?」

師匠:「あまりにへんな動きするから、ふざけてるのかと思ったよ(笑)
    まじめに踊ってよ踊ってまじめに!」

師匠があきれて笑っておられます!


絢也:「ふざけてません・・先生!でもすみません。
    なんかよく動きがわかんなくて迷ってたらこんなふうに・・」


師匠:「あんまりおかしな動きしないでよ~~(笑)」


最後まで踊りまして。


師匠が笑顔。とってもとっても笑顔。

この笑顔は・・・・・・キケン!!!!!!


師匠:「ひょっとこのところ・・・・。なんだかさあ。
    すごい妙チクリンなんだよねえ。
    言っておくけど、一応、この人、人間だからね。」


うええっ!

絢也:「あの・・・せんせい・・?私の踊り・・・人間じゃないですか・・」

師匠:「うん。なんか別の生き物みたいだよ。
    へんにくねくねしちゃってるし、
    なぞの動きが沢山。

    ひょっとこの顔だから、って
    面白くしよう、なんて思わないでよ?
    もちろん愉快な踊りではあるけど、
    踊りは、普通に、踊り、だからね?

    面白い不思議なうごきを作らないでよ?」

絢也:「は・・・はい・・・なんか自分でも
    どう動いていいか、イメージがわかんなくて・・」


師匠:「たとえばさ~~あんたの場合なあ~?」

師匠がおもむろに立ち上がる!!


ううっ!!!


出た~~!!!!!(T^T)


久々に出ました!!!


「師匠による、私のマネ(思い切りデフォルメつき)」

師匠:「こ~~~んな!あんたの踊りはこ~んな!こ~んななんだよ!
    わかる?腰がこ~~んなになっちゃって!
    ところどころこ~んな風にもなっちゃって!
    こ~んなのばっか。
    こ~んなふうにしないでよ。ねえ。
    ここんところはこ~~んな。あんたのはこ~~んななんだよ。
    ねえ?おかしいだろ?こ~~んなのは、おかしいよねえ?
    こ~んなふうにならないでよ。ねえ。」


か、かなり・・・・・・・すごい!

「これでもか!」と
私の「ミョウチクリンな動き」のマネを・・・・・
し続ける師匠・・・・!


私に強烈なパンチをくらわせつつ
師匠は笑顔!
私は、強烈なパンチにかなりの衝撃を受けつつ
あまりに師匠の「デフォルメつき私のマネ」が
面白すぎて
笑いが止まらない!


私のお稽古。
名取さんになる前後から、師匠も厳しさが増し、あまり
「笑う」ということがなくなっていたのですが
久々に自分のお稽古中に
おなかを抱えて笑ってしまいました。


絢也:「あははは。。はははは・・・ 
    せ、せんせい、私、そんな、そんなですか。
    そんななんですか・・・。ははは・・ははは・・」

師匠:「わははは。そうだよ。なあ?
    おっかしいだろ?はははは。」

そして笑いつつもお稽古自体は真剣ですから

私は、一番今直されているステップをやってみます。


師匠:「腰が動いてる。ダメ」


やり直す。


師匠:「足の上げ方がおかしい。ダメ」


やり直す。


師匠:「(私のマネをなさり)こういうふうになっちゃっうのはダメ」

何度やりなおしたでしょう・・・・


やっと・・・


師匠:「それ。そのくらいの動きでいいの。まだまだだけど、
    最後のそれが一番近いね。それくらいでやってよ。」


ん!やればできるってことだっ!(T^T)
すこしずつ、がんばるぞ!!!!

でも師匠の・・・・厳しい指摘はコレで終わらなかったのだ!

お扇子を置いてご挨拶しようとした刹那・・・。

師匠:「あんたの踊り。ナッチョコジャムンチョみたい。」

絢也;「は?へ?なんですか?それ?」

師匠:「知ってるだろ~?僕と年変わらないんだから。」

絢也:「いえ・・知りません。」

師匠:「お菓子だよ。ナッチョコ ジャムンチョ。よくCMやってたでしょ」

絢也:「いえ・・ホントに知らないです・・。」

師匠:「ナッチョコ! ジャムンチョ!って、なんかクネクネ踊るんだよ。
    へんな動きでさ~~。」

絢也:「・・・・せんせい・・・・で、・・・・その・・・ 
    私は・・・・ナッチョコジャムンチョだと・・・・・・・(T^T)」


師匠:「そう♪あんたの踊りは、ナッチョコジャムンチョ。
    だから、やめてね。ナッチョコジャムンチョは。
    ナッチョコジャムンチョじゃない踊りにしてよね♪」


師匠、「ナッチョコジャムンチョ」がとてもお気に召してしまったらしく
それからしばらく
私に向かって
「ナッチョコジャムンチョ」を連発されました・・・(T^T)


私のひょっとこ踊りはナッチョコジャムンチョらしいので、
ナッチョコジャムンチョじゃない踊りに
なるべく頑張ります。
ナッチョコジャムンチョのCMを見たことがないので
わかりませんが
とにかくナッチョコジャムンチョは卒業したいと思います。
師匠に、もうナッチョコジャムンチョと言われないよう
精進します・・・・・
(と、私も連発してみた・爆笑)


******************************************

いろいろ検索して「ナッチョコ ジャムンチョ」を調べたのですが
森永のお菓子だったということ以外
画像詳細ゲットできず。

ただ、こんなコマーシャルだったそうな・・

「ちょちょっとなかみがちがうんちょ
ナッチョコ!
ジャムンチョ!
森永から新発売
ピポピポ 」


森永独特の「ピポピポ♪」の音を思い出すと
・・・・
なんとなく・・・・
私のひょっとこが
いかに変なのかを強調されているようで
微妙に不愉快・・・(笑)

2006年10月11日 (水)

早退

朝から体調ぜっ不調。
(病気じゃないやつです)

仕事なんか行ける状態じゃない。
まともに歩けない。
おなかの痛みと頭痛は薬で止められるけど
貧血とめまいがひどい。

でも今日はどうしても私しかできない仕事があるので
休めなかった。
ちょっと遅刻して、責任をマットウした。

仕事を午後早めに終えてお稽古に向かうのが
お稽古日の私。
嬉しくて嬉しくて仕方ない日。


心はうれしい。

でも身体が。

珍しく体中が「今日は踊りたくない」と悲鳴を上げていた。


冗談じゃないよ。おいおい。
頑張ってよ。
お稽古しないと、生きてる意味ないし。
行くよ。行かせてよ。

引きずるようにお稽古場に到着。
しばらく更衣室で倒れこんだ。

ああでも。
浴衣に着替えると、脳みそから元気のエキスが出てくる。


うん。踊れる。踊れるね。


じっとしてるとめまいと倦怠感で倒れそうになるので、
踊ってしまおう。
踊っている時だけは何もかも忘れるから。
痛いのも、だるいのもどっかにいっちゃうから。


「羽根の禿」と「岸の柳」と「屋敷娘」の後ろに立つ。

次の方の「京の四季」は休憩して
いよいよ私の「三ツ面子守」。


全力で踊った。


前回進んだところも、もっと覚えてないかと思ったら、
師匠の「ヒント」で
なんとかかんとか、つながって踊れた。


今日で最後まで進んで振りいれ終了。


「踊りがうるさい」
「そんなぐちゃぐちゃな動きじゃ赤ん坊がかわいそう」


そんな厳しいご注意を受け・・・


汗まみれでお稽古終了。


お扇子を置いてお辞儀。


う。

立てない。


気持ち悪い。目が回る。


全部使い果たしてしまった。限界か?!


なんとか立ち上がって
玄関の前の廊下で膝を抱えていたら
師匠がお声をかけてくださった。


師匠:「お疲れですか?・・・具合悪いの?」

絢也:「はい・・・」


しばらく休んでいればよくなるレベルじゃない。


このままお稽古場にいても
踊れないし、お手伝いもできない。
座ったまま他の方のお稽古を拝見するのも無理だ。

絢也:「せんせい・・・」

師匠:「はい。」

絢也:「・・・・・・・・今日はこれで・・帰ります・・・・」

師匠:「!!!あんたがそんなことを言うってことは
    ホントに調子悪いんだな。
    うん、そうなさい。」


7時前にお稽古場をあとにしました・・・・。

ああ。


元気だったら。


あと5時間お稽古場にいられた。


ああ。ああああああああああ。

ああああああああ~~~~。


お稽古早退。

よろよろの帰路。
めまいで駅の階段から落ちそうになりつつ。

ほのかに泣きそうになった。


お稽古場での時間を
存分に満喫するために
日々のいろんなことを我慢したり
いろんなことを頑張ったりしてるから。


それができなかったことがとても哀しい。


起きてるのが精一杯の今だけど。

どうしても誰かにこの哀しさを聞いてほしいので
これを書いてから眠ることにします。


くすんくすんくすん。


お薬飲んで眠ります。

2006年10月 7日 (土)

縁。つながり。

小さなトラウマの話からします。

私は幼稚園の年少さんの頃、
何をやっても愚図でのろまでとろくて
とても内気で人見知り過ぎて、
まったく友達がいませんでした。
男の子からはいじめられ、
いつもひとりぼっちで鉄棒にぶら下がっている・・・
そんな子供でした。


それが年長さんになって、クラシックバレエを始めて
急に私は「気が強い子供」に大変身をします。
バレエの、何が、私をあんなに強くしたのかわかりません。
ものすごい怖い先生(徳子先生ごめんなさい(^^;))の
ものすごい怖いお稽古に毎週2回耐える生活。
そして、5歳で既に
「将来はクラシックのバレリーナになる」と決め、
大望を抱いた私は
「夢」によって強烈に強くなっていったのかもしれません。

そして小学校に上がり、劇団に入団。
子役をやる中で、夢が「女優」に変更されます。


ちょこちょこと教育番組やCMに出るようになったところで、
上級生や同級生に
強烈なイジメに合うようになりました。
今この年齢になって思い出しても、
あの孤独とあの苦しみ、
人に裏切られるというあの悲しみを思い出すと
胸が苦しくなります。


「人は、信じてはいけない」
「人とは、深く関わらない」

小学校5,6年生で、私はその境地に達していました。


だから、中学、高校の6年間。
私は限られた数人の「親友」以外と
深く関わりませんでした。

他のクラスに3人の親友。
同じクラスに1人の親友。

同じクラスの一人の親友が学校を休んだら
お弁当は部室で一人で食べる。
他の人と一緒に食べるほうが面倒だから。

そうやって、自分が心底「信じる」と決めた存在以外とは
距離を置き、
「わずらわしいことを感じるくらいなら
孤独のほうが楽」という選択をしていました。


おまけに中学校のころはクラブの先輩たちに
これまた激しく嫌われていました。

「先輩、という人種は、私を嫌うようにできている」
そう私に刷り込むのに十分なほど
ひどい言葉の罵倒と、精神的圧迫をうけました。


そういう子供時代をすごした私は
その後、大学でも
英会話学校でも
芸能界でも
滅多なことで連絡先を交換することもなく、
「新しい友達」というものを作ることを
拒否して生きていました。


まさにそれは・・トラウマ・・・・。


バブル絶頂期。
楽しく遊んでくれる、年上のおじさまたち。
おじさまたちは、限りなく優しい。

私は20代の前半から後半までの
青春期、
ぬるま湯のようにここちよい
「おじさまがた」にだけ、
心を許して、甘やかされていました。
でもそれは・・・

ただの私は、「甘え上手で高慢な、ワガママなお姫様」でした(T^T)。


私さえよければいい。
私が得すればいい。


そういう自分をどんどん、どんどん、強くしていったのでした。


本当はとても寂しがりや。
本当は、根っこは人見知り。
本当は、根っこはお人よし。
本当は、人が好き。


その「本当」の部分と
「別にいいもん。一人で。私さえよけりゃ。」という肩に力が入った状態とが
妙なバランスになり、私は、
時々猛烈なうつ状態になったりしました。


-----------------------------------------------

まさか。
そんな私が。

こういう風に、なるとは。


日本舞踊に出会いました。


魂の底から、愛するものに、出会いました。


ここまで愛するものに出会った私は
この愛するものに関わる人々をも愛するようになりました。

まして。
同門の先輩、同門の後輩は
私にとって・・・・
宝物のような存在・・・。


孤独を愛していた私が
「ね、一緒に歌舞伎に行かない?」と仲間を誘うようになりました。

一緒に帰るのが楽しみな後輩のお弟子さんがいます。

先輩方といろいろなお話をし、
みなさんに仲良くしていただいています。

後輩のお弟子さんに
私が知ってることで、みんなに役に立つことなら
なんでも教えてあげたいと心底思うようになりました。


みんなが大好き。
みんなに会いたい。


「大好きなひとたち」が沢山いる、ということ。


そして、日本舞踊と並行して始めたアルバイト。
日本舞踊と出会った私は
「何か」が完全に変わったらしく
アルバイトを通じて、
それはそれは素敵な仲間たちと沢山知り合い、
彼らと深く関わることは、大きな喜びになりました。


決して自慢話なのではなく


自分でもわからないのですが


若き日のお姫様状態の頃に抱いていた
「いい人だと思われて得したい」とか
そういう邪心でなく

心から、人に、優しくしたい、と思えるように、なったのです。


自然に、
お稽古場でも
アルバイト先でも


「優しいよね」と
いう言葉を貰うことが増えてきました。


遠い昔。
私の代名詞は「怖い」「近寄りがたい」というのがメイン。
この二つの言葉は言われ慣れてしまい
もう私の中で、「言われて当たり前」の言葉でした。


それが、「あみさんって優しいよね」
     「絢也さんって優しいですね」と
言われるようになるなんて・・・・。


本当に・・・自分でもこの変化には・・・・・

驚くばかり・・・。


人間って・・・・・・
強烈に素晴らしい出会いをすると・・・・
30歳を過ぎた年齢からでも
変われるんだ・・・・・。


師匠に出会い、
この数年の間に
「謙虚であることの大切さ」について、
深く教えられました。


師匠から、時に厳しい言葉で、
「そういう態度はあなたの為にならない」と指摘され
人を敬うこと、一歩下がることの美徳も教えていただきました。


「謙虚」


私のことを20年前に知っていて、それっきり会ってない人が
私の口から
「謙虚」なんていう言葉が発せられてるのを見たら
「はあっ?!自分さえよければなんでもアリだったあみちゃんが?!」
と笑うだろうなあ(笑)

素晴らしい芸事と
素晴らしい師匠と
素晴らしい仲間に恵まれた
私は、
この年齢になって、
ようやく瑞瑞しい気持ちで人と関われるようになれた気がします。


-----------------------------------------------

人は孤独です。
当たり前ですが。

けれど、縁と。
縁が紡ぐ「つながり」が
人生を豊かにしてくれるのだと
今は実感を持って、言うことができます。


縁とつながりによって
また人は人と出会います。


私のHPを偶然見つけて
入門した、高校生のお弟子さん、Mちゃんが
私のことを自分のブログに書いてくれました。


自分でアルバイトしたお金でお月謝をお納めし、
一所懸命お稽古しています。
おかあさまを支え、学校生活もしっかり送り、
本当に、今時、こんな女子高生がいるのか?!と
いじらしくて、可愛くてしょうがありません。


私が、勝手に応援して、
勝手に可愛がって(笑)いるだけだったのですが、
そんな彼女が
私のことを、そんなふうに思っていてくれたことが
嬉しくて、不覚にも、読んだ瞬間、涙ぐんでしまいました。


「縁」が、つながった。
人と人が、心を通わせた。


そんなことを想い・・・・


遠い昔に「人とは深く関わってはいけない、傷つくから」と
壁を作っていた自分のことを思い出しました。


ああ。私は、今。


幸せだな。

日本舞踊に出会ったことで
踊ることの楽しさや、人生の夢や目標を得ただけでなく
私は、「人のぬくもり」や「やさしさ」を
得ることができました。


ああ。


幸せだ。

日本舞踊の素晴らしさを教えてくださった師匠。
「藤間達也先生」が、私の師匠じゃなかったら、
絶対に、ここまで私は日本舞踊を好きになってないので(きっぱり)
・・となると、
やっぱり一番感謝しなくてはならないのは
師匠です。


だって。


師匠が素敵な方だから
連鎖反応(?)なのか、
集まるお弟子さんもみんな素敵な方ばかり。
素敵な方たちにこんなに沢山出会えたのも
師匠のおかげです。

-----------------------------------------------------------


よかったなあ。

この縁をつかんでよかった。
このつながりを得てよかった。


このお稽古場に入門して
人生が変わった。

本当に。

よかった。

2006年10月 4日 (水)

「合ってるんだけど・・形が・・違う・笑」

タイトルは本日の師匠のお言葉です(^^;)。


「三ツ面子守」との

ランデブーは続いております


前回進んだ、ひょっとこの振り。


完璧に覚えていたわけではないのですが
パーツ、パーツはなんとか理解できていたので
(どっちの足から出るとか、そういうこと)
師匠のヒント(次はこの動き、という指示)のおかげで
なんとか、ギクシャクしながらも、一人で踊れました。
わーい(^^)


・・・・・・・・・と思ったのもつかの間・・・・。


「合ってるんだけど・・・形が・・・違う・・・笑」


ああ~~~。
久々に見た、「私のお稽古中の師匠の笑顔」だったのですが
・・・・。(T^T)

師匠が立ってくださいました・・・。


あ。

ホントだ・・・・・。

違うや。は、はははは・・・ははははは・・・・・。


がくっ(T^T).


最近、テープを聴きながら振りを思い出すとき
振りの順序を思い出す、というより
「師匠のお姿」を思い出して、
心の中で浚うようになってます。

今回のひょっとこも、
私の中では「師匠の動き」をイメージして
浚っていたはずなのに・・・


なんだか。
「思い込み」が発生して
ステップ自体は合ってるけど
「形」が違っちゃってました。

変換ミスしたみたい・・・。


あれえ?!という感じです。
とほほほ。
ちょっと哀しかったです。


お面の早替えのところの
回る方向を、また間違えたし!!!
くそ~~っ!


それともう一個。

もう私の踊りに必ずつきまとう、この師匠のお言葉。


師匠:「暴れないで!暴れないで!」


なんで暴れてる踊りになっちゃうんだろ・・・・・。


そして・・・


師匠:「なんでもいいけど、踊りが早いよ。
    せっかく今日はいつもよりゆっくりのテープにしてるのに。」

そう。

いつもお稽古に使っていただいているテープはかなり早いもの。


師匠:「これ、さすがにかなり早いね。ちょっと、考えよう」
とおっしゃってくださってて、
いつもよりゆっくりめの演奏のテープをご用意くださったのだ・・・・(感涙)。


踊りが早くなってしまうのは
音をきちんと聞かずに
振りに追われている証拠(T^T)


耳を・・・もっとよくしないと・・・・・。


がんばろ・・・。


ああ。それにしても。


私のような体型の人間が
「子供」に見えるように踊るにはどうしたらいいんだろう。
私のような体型の人間が
「ふっくらまあるい人」のように踊るにはどうしたらいいんだろう。


鏡の中で「おかめ」を踊ってる私は
とっても「大人の女のひと」だ。

去年のある日、師匠に言われた怖い言葉を思い出す。


師匠:「あなたは踊りを記号で踊ってる。
    もちろん記号で踊れるってことは成長したことなんだけど。
    記号が身につくまでがまず大変だからね。

    でもね。
    このままだと、【記号だけ】になっちゃうよ。

    何を踊っても同じね、っていうふうになっちゃうよ。
   
    そうならないように、お稽古していかないと。」

イヤだ!
何踊っても同じね、はイヤだ~~~!


とにかく沢山踊って踊って踊って。
技術を磨き、表現力を身につけなければ。

ううむ。やることが一杯です。


だけど。


楽しい~~。


毎度のことですが日本舞踊は楽しいのです。
「苦しい壁」も、「楽しさ」「喜び」の中に含まれます。
もうずいぶん長いこと「苦しい壁」の中にいる私ですが
「楽しい」と思う気持ちに一転の曇りもありません(^-^)

--------------------------------------

ちょっとお稽古場に着くのが遅かったので・・・
あまり今日は踊れないなーと思っていたけど・・。


なんだかんだで、
「関の小万」
「三ツ面子守」
「岸の柳」
「藤娘」
「京の四季」
「屋敷娘」
「田舎巫女」

自分の「三ツ面子守」を除くと
後ろに立ったのは6曲か。

普段でも、まあ、自分のお稽古以外で
8曲くらいは踊ります♪
汗かきますよ~~気持ちいいですよ~~(^0^)。
っていうか、そのくらいにしておかないと
また膝を痛めてしまうので(^^;)。

それから、仲良しのお弟子さんたちとの
おしゃべり&おやつタイムも大切な時間♪♪

2006年10月 1日 (日)

ふと、思い出したこと

今、後輩のお弟子さんに
いただいたメールへ、
お返事を書いていたところです。


自分が入門当初の頃から
今まで、どんな風にお稽古してきたか・・
の流れを簡単に書いていて・・・


ふと、思い出したことがあります。


あの方は、どなたなんだろう。
今度お会いしたら絶対にお名前を聞こう。

----------------------------------------------------

私が初めて人前で踊った、
浴衣浚いの「浅妻船」。
入門一年半で踊った「浅妻船」は、
今ビデオで見るとへたっぴで
「いじらしい(T^T)」の一言なのですが、
客観的に見て
その年数の割には、よく踊っていたと思います。


多くの皆様に
「まだ一年半には見えないよ。これからが楽しみだね」と
お褒めのお言葉を頂き(T^T)、
師匠のTシャツの袖をつかんで
「せんせいっ!ほめられちゃいましたっ!」と
ぴょんぴょん跳ねた幼い私(っていっても30過ぎてましたが)がよみがえります。


「あなたがそこまで踊れたのは
あなたが努力したのはもちろんだけど、
達也も努力したんですよ。」というお言葉を
師匠のお父様からいただいた時の感動も忘れません。
師匠の努力のおかげで
へたっぴなりに
「ほめられる」という喜びを
初めて味あわせていただいたのです。


その私の「幼い浅妻船」をご覧になっていた方なのです。
その方は・・・。


----------------------------------------------------

そして、藤曄会の「藤娘」。


国立劇場のロビーで声をかけてくださった
ご婦人。

「拝見しましたよ!藤娘!
前回、浅妻船も見ました。
上達なさって・・・よかったわ・・・。」


私はとても急いでいたので
「ありがとうございます!」と御礼もそこそこに
走り去ってしまいました。


--------------------------------------------------

同じ年の達喜会の「田舎巫女」。

またまたロビーを走りぬけようとしていた私に
ご婦人が声をかけてくださいました。

「田舎巫女!拝見しましたよ!
また上達されましたね!
あなたのことは浅妻船からずっと見てるから・・
「藤娘」も拝見したし・・・
これからも楽しみにしてますよ」

こんな嬉しいお言葉をいただいているのに
私はまた、その時、とっても用事で急いでいて(T^T)
「ありがとうございます!」とお辞儀して
去ってしまったのです・・・。

--------------------------------------------

その次の藤曄会・浴衣浚いの「相模蜑」では
その方にお会いしませんでした。

しかし、ご覧になっていたようです。

----------------------------------------

今年、藤曄会、名披露目の「文売り」。


その方は国立劇場のロビーにおられました。

またまた(いつもだ・・)私は
なにやら急いでいるときでした。
(自分のところの会では、たいていロビーで急いでいる・・・(^^;))


「文売り!!!拝見しましたよ!!
本当に素敵でしたよ!
あなたのことは、浅妻船からず~~っと、
全部見てます。
もう、ホントにね、成長が楽しみで。
私ね、あなたの、追っかけよ♪」


「とても嬉しいです、いつもありがとうございます。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。」と
お辞儀して、また私は走っていってしまいました。


いつも急いでいる私。
その私に声をかけてくださるご婦人。


あの方は、一体どなたなんだろう?


私の心に響いたこの言葉。
「あなたの成長が楽しみで。
 私ね、あなたの、追っかけよ♪」

あとでこの言葉をかみ締めて
なんだか、目頭が熱くなりました。


こんな素人の私のことを、応援してくださって、
楽しみにしてくださってる方がいる・・・。
「追っかけ」という表現が、冗談とはいえ、とても嬉しい・・。

------------------------------------------------------------

私は、30代前半の年齢から踊りを始めました。
この年齢から始めた私には
体力とのせめぎあいがあります。
そして、踊り寿命が短いです。

5歳から始めた人が80歳まで元気に踊れるとして
その人は75年間踊れる。

私は80歳まで踊れるとして
踊れる年数は50年に満たない・・・


子供の頃から踊りを始めた人が
ちょうど中年になり、芸の脂がのってくる時期、
私は、寿命を迎えるわけです。
それを思うとき、私は叫びたいほどの
悲しみに襲われ、絶望しそうになります。


だから、20代から踊りを始めた後輩のお弟子さんたちに言います。
「少なくとも、私より10年近く踊れるんだから。
私よりずっと得してるよ。よかったね」と。


せめて子供の頃から始めてなくても・・

20代で出会いたかった・・・・。
20代の10年を・・踊りですごしたかったな・・。


・・なあんて、ことを時折考えて
一人で鬱に入ってしまうことがあるのですが
こんな私のことを応援してくださってる方たちのことを思うと
いつも元気になれます。


そうよ。
もう、考えても仕方ないことは考えない。
タイムマシンも、もしもボックスもないんだから。
ドラえもんはいなんだから、くよくよしても仕方ない。


今のベストを尽くそう。


私の成長を見守り、楽しみにしてくださってる方がいる。


「私あなたの追っかけよ」


あの方の笑顔。


ああでも・・・いつもすれ違いざまなので・・・
お顔がはっきり思い出せない・・・
笑顔の雰囲気だけは思い出せるのに・・・


今度の舞台で、お目にかかれるかな・・・・。


次回お目にかかったときは
絶対にお名前をお聞きします。
どんなに急いでいても!!!(笑)
一緒に写真も撮ってください!!!

-------------------------------------------------

私は幸せ者です。
こんなブログやらHPを展開しているおかげで
それはそれは沢山の方々に応援していただいています。
プロでもない私の踊りを、です。
前回の「文売り」の際も
一度もお会いしたことがない方々に
それはそれは沢山応援していただきました。

皆様に恩返しするには・・・・

このブログやHPをより楽しく展開し、
皆様に喜んでいただけるよう頑張ることと・・・

また再び舞台でお目にかかれるとき
私の「成長」を楽しんでいただけるよう
努力を重ねること・・・・。

そう、まだへたっぴだからこそ・・
「成長」ができるんだ・・・!!


私は、私を応援してくださってる皆様に
「毎日」支えられています。


改めて、この場で御礼を言わせてください。


いつもいつもいつも。

ありがとうございます。

頑張って成長してまいります。


そしてこれからもよろしくお願いいたします!!!

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »